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岡山家庭裁判所新見支部 昭和41年(家)57号 審判 1967年2月25日

申立人 青山京子(仮名) 外三名

相手方 川上あき(仮名)

主文

一、被相続人川上安五郎の遺産を、次のとおり分割する。

(一)  別紙第一目録記載の<1>の田・<2>の畑・<3>の田・<4>の田・<6>の田・<7>の田・<8>の田および、○○町農業協同組合に対する金二万一二七八円の予金債権は、相手方川上あきが取得する。

(二)  別紙第一目録記載の<5>の田は、申立人河田フミが取得する。

二、相手方川上あきは、申立人青山京子に対し金一九万二二八九円を、申立人北野昭・同北野隆介に対し各金九万六一四五円を、申立人河田フミに対し金九万二八八九円をそれぞれ本審判確定の日から完済まで右各金員に対する年金五分の割合による金員を付して支払え。

三、本件調停・審判費用はこれを八分し、その6を申立人青山京子・同河田フミ・相手方の負担とし、その余を申立人昭・同隆介の負担とする。

理由

一、申立人らの主張の要旨

1  申立人青山京子は亡川上安五郎とその妻亡妙との間の二女、申立人北野昭・同北野隆介は右安五郎とその妻亡妙との間の長女亡北野たまゑ(昭和一一年一一月九日死亡)の子であり、申立人河田フミは右安五郎とその妻(後ぞい)相手方川上あきとの間の長女である。

2  そして、安五郎は昭和三八年九月七日死亡したのでその遺産について、相手方あきは妻として三分の一、申立人京子・同フミは子としてそれぞれ九分の二、申立人昭・同隆介は子である亡たまゑの代襲相続人としてそれぞれ九分の一の割合による相続が開始した。

3  被相続人である安五郎の遺産としては別紙第一目録記載の田畑がある。そのほかに、安五郎は同第二目録記載の山林のうち<1>・<2>・<3>につき死亡当日相手方あきに対し贈与による登記をし、単に、あきは昭和三九年三月一九日その養子である川上明治に贈与による登記をしている。また、同目録記載の<4>・<5>の山林は安五郎とあきの持分各二分の一の共有であつたが、安五郎は昭和三七年三月二六日右各持分を放棄してあきの単独所有とし、更に、あきは昭和三九年三月一九日川上明治および細川きみこの両名に対しこれらの山林につき、贈与による登記をしている。

安五郎の右持分の放棄は贈与と事実上同じ効果があるので、申立人らは安五郎の別紙第二目録記載の各山林についての以上の贈与および、持分の放棄につき申立人の遺留分を侵害する限度において減殺の請求をする。

4  申立人らが減殺を請求する限度は、別紙第一目録記載の田畑の価額が金二一万六二〇五円・同第二目録記載の山林の価額(但し同目録<4>・<5>の山林については持分権二分の一)が金一九八万五八五〇円であるから、右価額合計金二二〇万二〇五五円を相続財産(想定相続財産)の価額として申立人らの遺留分を算出し、右遺留分を侵害する範囲である。

二、相手方の主張の要旨

1  当事者の身分関係および、安五郎が昭和三八年九月七日死亡したことにより申立人らおよび相手方のため相続が開始したこと。ならびに、安五郎の遺産として別紙第一目録記載の田畑があることは、申立人らの主張するとおりである。

2  申立人らの減殺の主張事実を争う。その理由は次のとおりである。

(一)  相手方は、安五郎の先妻妙が申立人京子の生後間もなく死亡したので、細川きみこを連れ子にして大正二年六月頃安五郎と事実上婚姻し、生後六ヶ月位であつた京子を養育し、その後、安五郎との間に長女申立人フミ・長男亡保夫が生れた。相手方および安五郎は、長男保夫が昭和二〇年一月三一日戦死した後は細川きみこ家の援助によって農業経営を維持することができた。

安五郎は晩年の二~三年間は老衰し病体であったが、昭和三七年春火災にあい家屋を焼失した後も申立人らの援助はなく、仮小屋住いでみじめな生活を送り不遇のうちに死亡した。

安五郎は、右火災後は家屋の再建と相手方の将来の生活を心配して昭和三七年三月二六日別紙第二目録記載の<4>・<5>の山林の共有持分を放棄し、次いで、同年一〇月一〇日同目録記載の<1>・<2>・<3>の山林を相手方に贈与し、その登記が遅れていたもので、右贈与は相手方の生計の資本としてなされたものである。

(二)  安五郎および相手方は、長男保夫の戦死後は川上明治(細川きみこの子で相手方の孫)を養子とする考えであり、同人もまた細川きみこらと共に相手方家の生計を援助していたが、安五郎死亡後は相手方と同居し昭和三八年一一月二七日相手方との養子縁組の届出をした。

そのようなことで相手方は、養子の明治に生活一切を依存する必要から同人に対し昭和三八年一一月一五日別紙第二目録記載の<1>・<2>・<3>の山林を、同人および細川きみこに対し同目録記載の<4>・<5>の山林を贈与している。

(三)  安五郎の生存中、申立人らは相続財産(遺産)の維持・管理に何らの協力もしていない。

(四)  安五郎の生前の債務として、細川きみこの夫細川節三に対し、昭和一九年春から昭和三八年秋までの農作業等の人夫賃として金八〇万円がある。

(五)  申立人らの主張は一方的であるし、遺留分滅殺の請求は本件調停の第三回期日(昭和三九年一一月一六日)になされたが、その効力はない。

三、当裁判所の判断

1  本件申立に対する当裁判所の権限

申立人らの本件申立の趣旨は、被相続人安五郎が別紙第二目録記載の山林のうち<1>・<2>・<3>を相手方に贈与し、<4>・<5>についての持分を放棄して相手方に取得させたので、申立人らの遺留分を侵害する限度においてこれらの山林につき滅殺権を行使し、安五郎の遺産である別紙第一目録記載の田畑と併せて遺産分割を請求する。というのである。

したがつて、右減殺権の行使が是認され、あるいは、否定されることによつて遺産分割の結果が異ることは明らかである。このような遺留分減殺の請求が遺産分割の前提として争われるとき、家庭裁判所にその当否を審判し判断することが許されるか、どうかについては見解の分れるところであるが、当裁判所はこれを積極に解し、本件申立につき審判することとする。(最高裁昭和三九年(ク)第一一四号・遺産分割審判に対する抗告棄却決定に対する特別抗告事件、同四〇年三月二日大法廷決定参照)

その理由は、このような訴訟事項である争いが前提となる遺産分割について家庭裁判所の審判権を否定する法の規定はなく、むしろこのような場合も家庭裁判所の審判によつて遺産分割に関する当事者間の紛争が一応解決されることを所期している法意と観ることができるからである。

2  相続人および相続分について

別紙身分関係図のとおり、申立人京子は被相続人安五郎とその先妻亡妙の間の二女、申立人昭・同隆介は安五郎とその先妻亡妙の間の長女である亡北野たまゑの子(安五郎の孫)、申立人フミは安五郎とその妻相手方あきの間の子であること。安五郎が昭和三八年九月七日死亡したことにより、同日同人を被相続人とする申立人らおよび相手方の相続が開始したことは本件記録中戸籍謄本の記載によつて明らかである。

以上の身分関係によると、安五郎の遺産に対する相続分は相手方あきは妻として三分の一、申立人京子・同フミは子として各九分の二、申立人昭・同隆介は子である亡たまゑの代襲相続人として各九分の一であることが認められる。

3  遺産の範囲およびその価額

(1)  本件記録中の当該登記簿謄本・○○町長西川豊美の固定資産税課税標準額照会に対する回答書により別紙第一目録記載の<1>乃至<8>の田畑が安五郎の遺産であることが認められ、鑑定人藤本弘の鑑定書によるとこれら遺産の相続開始時の価格は次のとおりである。

同目録<1>の田 四万九、八六〇円

同<2>の畑     一、七五〇円

同<3>の田   八万一、二〇〇円

同<4>の田   一万八、四八〇円

同<5>の田   九万九、四〇〇円

同<6>の田   なし

同<7>の田  一六万一、八六〇円

同<8>の田  一四万三、〇四〇円

合計 金五五万五、五九〇円

(2)  安五郎の居住家屋が昭和三七年春火災によつて焼失した関係で、遺産としての動産はない。

(3)  本件記録中○○町農業協同組合長神崎敏の回答書によると、安五郎には遺産として昭和三八年九月七日現在同組合に対し金二万一、二七八円の予金債権があることが認められる。

4  特別受益財産およびその価額

(1)  本件記録中家庭裁判所調査官の相手方に関する調査報告書・当該登記簿謄本によると、相手方は相続開始前の一年内である昭和三七年一〇月一〇日安五郎から生計の資本として別紙第二目録記載の山林のうち<1>・<2>・<3>の贈与を受けた事実が認められ、鑑定人森屋寿の鑑定書によると右各山林の相続開始時の価格は次のとおりであることが認められる。

同目録<1>の山林 八万一、五〇〇円

同<2>の山林   五万九、〇〇〇円

同<3>の山林  六七万九、〇〇〇円

合計 金八一万九、五〇〇円

(2)  申立人らは、安五郎が昭和三七年三月二六日持分各二分の一の共有である別紙第二目録記載の<4>・<5>の山林について、その持分を放棄し、相手方の単独所有としたこと(この事実については本件記録中の当該山林の登記簿謄本によつて認められる。)は、その法律上の効果が贈与と同一であるから遺産分割にあたり贈与と観なければならない旨を主張するのであるが、共有持分の放棄が他の共有者に対し贈与する意思をもつてなされた場合といえども他の共有者が放棄された持分を取得するのは法律の規定(民法第二五五条)によるのであつて、放棄という単独行為の効果意思によるものではなく、その放棄者が共有関係から離脱する結果、所有権同様に弾力性を有している共有の本質上他の共有権者に帰属することは当然の帰結ともいうべきであり、債権契約である贈与と同一に観ることはできないから右各山林を相手方の特別受益財産に組入れないこととする。

5  各相続人の相続分の算定

(1)  各相続人の相続分の価格

イ、別紙第一目録記載の田畑の相続開始時の価格は前記三<1>記載のとおりでその合計価額は金五五万五、五九〇円。

ロ、前記3(1)記載の予金債権が金二万一、二七八円。

ハ、相手方の特別受益財産の相続開始時の価格は前記4(1)記載のとおりでその合計価額は金八一万九、五〇〇円。

以上イ・ロ・ハの価格の合算額は金一三九万六、三六八円となり、これに前記2に述べた各相続人の相続分を乗じて計算すると各相続人の相続分の価格は次のとおりとなる。

(A) 申立人京子・同フミの分はそれぞれ・・・

一三九万六、三六八円×九分の二 = 三一万〇、三〇四円

(B) 申立人昭・同隆介の分はそれぞれ・・・

一三九万六、三六八円×九分の一 = 一五万五、一五二円

(C) 相手方あきの分は・・・

一三九万六、三六八円×三分の一 = 四六万五、四五六円

(2)  特別受益財産を控除した各相続人の相続分

ところで、各相続人が実際に相続することのできる相続財産の価格は(1)のイ・ロ・ハの価格の合算額金一三九万六、三六八円から特別受益財産ハの価格金八一万九、五〇〇円を控除した金五七万六、八六八円で、これを各相続分に応じて割当てることとなるが、相手方は既にそれ以上の贈与を受けているから民法第九〇三条の規定によりその相続分は零となり、申立人らのみで申立人京子・同フミの相続分各九分の二、申立人昭・同隆介の相続分各九分の一の按分比例で相続することとなるので申立人らの相続分の価格は次のとおりとなる。

(A) 申立人京子・同フミの分はそれぞれ・・・

五七万六、八六八円×六分の二=一九万二、二八九円

(B) 申立人昭・同隆介の分はそれぞれ・・・

五七万六、八六八円×六分の一=九万六、一四五円

(円未満は四捨五入する)

(3)  しかして、前記(2)で算定した申立人らの相続分の価格は鑑定人藤本弘の鑑定書・本件記録中に表われた資料により前記(1)イ・ロの相続開始時の価格が現在の価格と異らないことが認められるから、申立人らが各相続分に応じて取得する遺産の価格と同一である。

6  申立人らの遺留分滅殺権の成否

申立人らの本件遺産分割の申立には、安五郎が別紙第二目録記載の山林のうち、<1>・<2>・<3>を相手方あきに贈与したこと、ならびに同目録記載の山林のうち<4>・<5>についての二分の一の持分権を放棄したことは、申立人らの遺留分を侵害しているとしてその滅殺請求の意思表示を含むものと解されるところ、このような調停申立においてなされた遺留分滅殺の意思表示の効力を認めうるかどうか疑問があるが、仮りにその効力を認めるとしても後者の持分権の放棄を贈与と同一に観ることができないことは前記4(2)に述べたとおりであるから、遺留分滅殺権行使の対象とならない。また、前者の贈与については前記4(1)に述べたとおり安五郎の死亡による相続開始前一年内にしたものであるから、相手方の特別受益財産として申立人らの相続分の価額の算定に組入れたのであるが、申立人らの遺留分額は安五郎に債務がある事実が認められないので前記5(1)(A)・(B)・(C)の申立人らの各相続分の価格の二分の一に当る価額となるが、右価格は5(2)(A)・(B)の、申立人らが現実に受ける相続財産の価額以下であることが明らかであるため申立人らの遺留分を侵害したこととならず、遺留分滅殺権を行使することはできない。

7  分割事情

(1)  相手方は既に老境にあるが、その係にあたる養子川上明治および同人妻綾子と同居し、別紙第一目録記載の田畑(但し、同目録記載の<5>の田を除く。)を明治が耕作し、また、同人が山林伐採作業等の働きによつて得る収入で生計を維持し平穏な生活を送つている。

(2)  申立人京子は青山智一郎と婚姻し、農業に従事している。

(3)  申立人昭は○○電気軌道株式会社の運転者として勤めているが、本件につき価格分割によつて金銭を取得することを希つている。

(4)  申立人隆介は大工作業の請負をして多忙な生活を送つているが、相手方と本件について争いをすることを嫌悪している。

(5)  申立人フミは相手方と同町内で、河田市衛と婚姻し農業をしているが、別紙第一目録記載の<5>の田を昭和二三年以来無償で耕作している。

以上の事情のほか本件調停および審判を通じて知り得た一切の事情を綜合し、本件遺産のうち別紙第一目録記載の<5>の田を申立人フミに取得させるほか、その他の遺産の全部を相手方あきに単独取得させるかわりに同人に他の相続人らに対し債務を負担させるのが相当であると考える。

そこで申立費用の負担につき非訟事件手続法第二七条を適用し主文のとおり審判する。

(家事審判官 本田猛)

(別紙省略)

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